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2005年12月06日

杉本博司「時間の終わり」@六本木ヒルズ

六本木ヒルズの森美術館でやっている、杉本博司「時間の終わり」の話です。六本木ヒルズmeetupのときに見たものだから、だいぶ時間経っちゃってますけど。

展覧会各種(私の場合は写真展が中心ですが)、私は大抵、一切予習しないで観に行きます。
別に高尚な理由があるわけじゃなくて、単に事前にリサーチするのがめんどくさいだけなんだけど(苦笑)、でも、予備知識なしだから楽しめる楽しみ方っていうのもあるんじゃないかなーとなんとなく思っています。

で、杉本博司。
感想は人それぞれだと思うし、好き嫌いも分かれると思うけれど(実際、一緒に見てたT氏は「はぁっ?」って感じだったみたいだし…)、私にはものすごくヒットしました。
なんだろう、理屈じゃなくて、本能的に何かを揺さぶられるの。何も予習していなかったのに、心の中のどこかが反応する感じ。

morning

すごいんですよ。何がスゴイって、作品の質もすごいけど、作品だけじゃなく展示の仕方(見せ方)とか、作品の大きさとかにも圧倒される。写真1点1点が彼の作品なわけだけれど、それだけじゃなく、“「時間の終わり展」が開催されているその空間全体”が彼の作品になっているのです。そういう意味で、ただの写真展じゃない。

変な例えだけれど、前半、箱庭(というか、箱?)のなかに放たれた、アリんこになった気持ちがしました。すごく大きなモノトーンの箱の中に、大きな物体(これもやっぱりモノトーン)がいくつも配置されていて、その中をアリになってウロウロしながら背の高い物体を見上げている気分。色のない広い世界をひたすらうろついている気分というか。

真ん中あたりで、杉本博司へのインタビューがビデオ放映されていますが、そこで、展示の為に内装をすべて変えており、壁の色とか、採光、作品の配置方法まで作品を演出する工夫を凝らしていることなどが明かされています。なるほど、そうだったのか…と妙に納得。

白い世界から黒い世界に投げ込まれ、高周波ノイズのようなBGM(途中でトーンが変わる)に軽く頭痛がしてみたり、海の写真を見ている内になんとも不安な気持ちになったりしながら、前述のインタビュービデオを見て、後半へ。

spiral 3

後半の作品群は、前半のものよりさらに実験的。
ル・コルヴィジェや安藤忠雄といった、現代建築の有名な建物をわざとピントを合わさずに撮って大きく引き延ばした写真などなど。1本映画が放映される中、長時間露光をして時間を閉じこめた劇場写真(一番最後の画像参照)は、写真は見たことあったけれど、意図や撮り方を知らなかったので「ああ!」と思わず声が出そうになってしまった。

一番考えさせられてしまったのは「肖像写真」シリーズ。
フェルメールの絵画を、当時の衣装や光に至るまで写真で再現したり、精巧な蝋人形に絶妙なライティングをして、あたかも本物の人間の肖像写真を撮ったように見せたり…実際に写っているのは蝋人形という虚像であって、虚像を写真によって2次元化かつさらに虚像化している訳だけれど、その結果目に見える写真は、生きている人間にしか見えないという不思議な世界。

昭和天皇のポートレートの横に「これが生きているように見えるのであれば、あなたは生きているという意味をもういちど考え直さなくてはいけない」といったメッセージが書かれていて、本当に考えこんでしまったのでした。

spiral2

六本木ヒルズの森美術館で、1月19日まで。会期中に、なんとかもう一度観に行こうと思っています。今年見た中で一番心に残る企画展でした。詳しい作品の内容については、かえるさんも紹介している、artspaceの記事を読むといいかもです。でも、予備知識なしで観に行ってみるのも手だと思うな。

photo.jpg

こんなに長々と書いたけど、なんだか言いたいことは全然伝わってない気がする。
うーん。悔しいけど。なお、写真は、これを見に行った日に撮った六本木ヒルズです。
モノトーンっぽいものを選んでみました。

投稿者 ayano : 2005年12月06日 00:48

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トラックバック時刻: 2006年01月12日 12:28

コメント

こんにちわ、
ほんとに、言葉にして表すのって難しいですよね。
普通、写真って瞬間を切り取るとか、チャンスとか、そういう言葉で表現されることが多いけど、その逆? ああ、こういう構築的な表現に写真って使えるんだなあ・・・とか・・・うーん。

「ブルータス」の特集号お薦めしときます。まだ手にはいるといいんだけど。
http://www.brutusonline.com/brutus/issue/index.jsp?issue=578

投稿者 かえる : 2005年12月08日 11:52

ブルータス特集号、素敵ですね!探します。ほしぃ。

んで、かえるさんのblogで、
> おなじ「写真」という言葉でも、こっちが幼稚園児の折った紙飛行機、あちらスペースシャトルって感じかな。

って書いてあった意味が、展示を見てようやく分かりました。かえるさんの写真が紙飛行機かどうかはさておいて。(私はきっと、竹とんぼ…w)

前に田所美恵子さんの写真見たとき(http://www.ayanosuke.net/mt/archives/2005/05/post_161.html)に、「写真って、『切り取る』だけじゃないんだな」と思ったのですが、今回も「写真って、こういう形もあるんだ」と考えさせられてしまいましたねえ…。

見た直後は私も「凄すぎ!」と思ったんですが、今はちょっと考えが変わっています。杉本博司は“写真家”じゃない、と今は思っておりまする。

写真家というのは、できあがった写真そのものが目的だけれど、彼は写真が目的なんじゃなくて、写真という手段を使っているだけなんじゃないかなと。彼が考えてることとか、言いたいことというのがあって、それを表現する手段にたまたま写真と言う手法を使っているだけであって、それはホントは、絵でも小説でも彫刻でも構わなかったんじゃないかと。

私はやっぱり、写真そのものが目的なんですよね。平たくいうと「いい写真が撮りたい」それだけ。写真で何かを表現しようとか考えていないし。
だから、スペースシャトルと紙飛行機という同じベクトルで比較しても意味ないのかも、船と飛行機みたいなものかも、と今は思っているのです。長々とすいません(^^;

投稿者 ayano : 2005年12月10日 11:53

最終日に行ってきました。
今まで行った展覧会で一番濃密なものでした。うん、良かった。

個人的には、SEASCAPESシリーズやTHEATERSシリーズが好きですが、
DIORAMASシリーズやPORTRAITシリーズには驚かされました。
あやのさんと同じく予備知識がなしで望んだので、解説を読んで「え、これ人形なの!?」って。」

あれで¥1,500は安すぎ。3回は足を運んで¥4,500でいいとこかも。

投稿者 hi : 2006年01月12日 11:52

TB&コメントありがとうございます!
最終日に行かれたんですね。

違うエントリで書こうかと思ってたんですが、2005年に見た展覧会では一番はこれだな、と。濃密、という意見にとっても共感いたします。

一番好きなのはPortraitシリーズですかね~。
私も1500円、全然高いと思いませんでした。
結局2回行ったんですけど、もう一回行ってもよかったなあと。

投稿者 ayano : 2006年01月13日 00:47