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2006年01月23日
「いただきます」って言ってますか?
お友達何人かが話題にしていて知った話題です。毎日新聞掲載の「考:「いただきます」って言ってますか?「給食や外食では不要」ラジオで大論争」。永六輔のラジオ番組に来た、あるハガキにこう書いてあったのだそうです。「ある小学校で母親が申し入れをしました。「給食の時間に、うちの子には『いただきます』と言わせないでほしい。給食費をちゃんと払っているんだから、言わなくていいではないか」と」
このハガキをきっかけに、いろんな意見が番組に寄せられ、ほとんどは否定的なものだった…という話なのです。どう思います?
私は「へぇぇ~、そんな考え方をする人がいるのか。考えたこともなかった」と驚いたのですが、「食堂で『いただきます』『ごちそうさま』と言ったら、隣のおばさんに『何で』と言われた。『作っている人に感謝している』と答えたら『お金を払っているのだから、店がお客に感謝すべきだ』と言われた」というくだりを読んでちょっと分かった気になってみたり。そういえばたまに飲食店で、威張り散らしてるお客、見ますね。ナルホド。そういう思考ルーチンなのか…。
私は家でも外食でも、食べる前には「いただきます」というし、食べ終わったら「ごちそうさまでした」と言います。外食の場合は、お店の人に必ず「ごちそうさま」と声をかけてから帰ります。この話を紹介していた友人はみな、「いただきます」という言葉は、「命をいただきます」の「いただきます」に決まってるだろう、なにをアホなことを言ってるんだというスタンスで話をまとめていましたが、ごめんなさい。…私、どうして「いただきます」っていうのかなんて、考えたこともなかったよ(^^;
意味もなにも考えることなく、完全に習慣として「いただきます」って言ってたんですよね。大学生の頃トルコで、日本語の「いただきます」に相当する言葉がトルコ語にないことを知り、驚いて周りの友人(トルコ語学校で同級だったいろんな国の人たち)に聞き回ったら、そういう言葉はないほうが普通で、逆に日本が珍しいのだということを知ったのでした。
…と、これを書きながら今、話をどの結論に落とそうかなあと迷っているのですが、あえてきれいにまとまらない方向に話を持っていこうかな。

近頃、子どもを親が注意しているシーンを見かけるとよく思うのですが、「理屈じゃないんだよ、ダメなものはダメなの」っていって叱ってるところをほとんど見ないんですよね。
うちの親は比較的、子どもに何が悪いのかを説明して叱るほうだったと思うのですが、それでもやっぱり「屁理屈こねるんじゃないっ。悪いものは悪いのっ(げんこつゴン!)」みたいな叱られ方はしたからなあ。かなり大きくなるまで、親が怖かったし。
「いただきます」「ごちそうさま」の話も、「理屈じゃなくてそういうモノなの」という類の話じゃないかと思うのですが。もちろん、「命をいただく」であったり「感謝の念を表す」であったりするんだろうけど、でも理由を後付けする前にまず「理屈じゃなくて、それが常識でしょ」という感覚なんですよね、私の場合。
最近何かにつけて思うんですが、「多様化」や「自由」と引き替えに、「絶対的に正しいもの」とか「倫理観」がなくなっちゃったよなあ…と。今や平成の日本はどんどん、弱肉強食で実力社会で、目端の利く人じゃないと生き残れない(あるいはいい思いができない)世界になりつつあるわけですが、「これさえやっていれば大丈夫、自分の道は正しい」という精神的支えがないのってやっぱりキツイよね。
「真面目に努力した人は報われる」「理屈じゃなく、正しいもの、間違ってるものはあるんだ」と少なくとも子どもの頃はそう信じていられた私たちの世代は幸せだったな、と。そういう考え方って、いつしか共通認識ではなくなってしまったけど、あれって昭和の文化だったのかな…などと思ってみたり。
…なんか話がすごいところに着地しちゃったなあ。まとまってなくてゴメンナサイ。ご意見、お待ちしておりまする。
投稿者 ayano : 2006年01月23日 12:14
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トラックバック時刻: 2006年01月28日 21:18
コメント
私もどこでも「いただきます」と「ごちそうさま」は言います。
そしてそれはやっぱり「そういうものだから」という理由ですね〜。
他の国には、こういう言葉に相当する物は少ないのかな。
だからって日本でもなくても良いとか、お金払っているんだからってことはないと思うな〜。
外食したら、お皿を下げにきたときも「ごちそうさま」って言います。
お金払ったあとにレジを離れる時にも「ごちそうさま」って言います。
投稿者 しきはん : 2006年01月24日 17:20
挨拶は人の品格に関係するものであって、お金や損得とは無縁のものだと思っています。
まずい店の時は何も言わずに出て行きます(笑)。
投稿者 morio : 2006年01月24日 20:18
補足:上記は他国、他文化のことをひとまず考えてません。
投稿者 morio : 2006年01月24日 20:26
自分も言うなぁ>「いただきます」&「ごちそうさま」
うん、「あたりまえ」のこととして。
おいしかったら「おいしかったです」って言うし。
ただ、接客が酷い場合とかには無言ですわ。
まずかったら....どうだろう。多分なにも言わないな。
投稿者 HYG_a2c : 2006年01月24日 23:25
ご馳走様、は言わないこともあるな。調理がへたくそな店に当たったときは。反省せねば?
いただきます、は言います。田舎育ちだからね。鎌を持って稲をじょりじょりするし、飼っている鶏を食べるときは首を落とすわけだから、食=命を奪うこと、それでも食べる。てのは、必ず考えなきゃいけなかった。
投稿者 いしぐろ : 2006年01月24日 23:56
コメントいっぱい、ありがとうございます。
しきはんさん:
「いただきます」「ごちそうさま」っていうのって、いい習慣だと思うんですよね。他の国にはあまりない、と知っても「なら、やめちゃえ」とは思わなかったですし。
morioさん:
> 挨拶は人の品格に関係するものであって、お金や損得とは無縁のもの
そうですよね~。挨拶できない人、たまーに見かけますけど、それってどうだろ、と思います。
ひょーごさん:
おいしかったらおいしかったです、って言うのはとってもいいことですよね。料理作る側からしたらとってもうれしいし。
いしぐろさん:
「食=命を奪うこと」っていうことが実感として根付いているんですね。私なんかはやっぱり、ある程度想像しないとそれが分からないので…。
そういうところはかなわないな。
投稿者 ayano : 2006年01月25日 02:42
NZに来ても,いつも言ってますよ.余裕があれば,ちゃんと手を合わせて,頭を下げて.それはやはり,理屈じゃなくて「そういうもの」だと無意識に思っているからでしょうね.「作ってくれた人に感謝してる」って面もあるのですが.
こっちの人たちは,いただきますもごちそうさまも言いませんが,レジで lovely! とか Sweet! とか言ってますね.これが「美味しかったよ!」に相当する言葉かな.
投稿者 RET : 2006年01月25日 15:28
ですよね。習慣になっていれば、NZでも出ますよね。けっこう「そういうもの」派が多くて安心しているワタクシですw
レジで lovely! とか Sweet! とかですか!
覚えておきます~。ほかの英語圏でも通じるのでしょうか。
#トルコ語だとあなたの(料理の)腕はすばらしい、というほめ方があって、おいしいとよくそのフレーズを言っていました。懐かしい~。
投稿者 ayano : 2006年01月25日 20:12
あらら?
トルコ語で
「アフィエット オルスン」
って「いただきます」「ごちそうさま」「召し上がれ」
の意味で使われるんですが。
(そういう言葉はこの場合含まず?)
イスラームやキリスト教圏では食前は神に感謝し
食後は作ってくれた人に感謝するんじゃないでしょうか。
RET兄さんに会った時、深々と「頂きます」をしていた
姿が今でも目に浮かびます。
美しかったですっ、「無条件」に。
投稿者 RiE : 2006年01月27日 00:36
アフィエットオルスン、は、「召し上がれ」という認識でした。食べる人がいう言葉ではない、と思ってたんだけど、違うのかな?そういえば「ごちそうさま」の代わりに使っているシーンも見たことがあるような、ないような(今遠い記憶をゴソゴソしています)
#最近、RiEちゃんとこ全然書き込めないのです…書き込みどころか、表示もままならないこと多し。そんなわけで、コメントは付けられないけど、読んでるよ。と、意思表示。
投稿者 ayano : 2006年01月27日 08:10
「お金を払っているのだから、いだたきますを言わなくていい」という発想がある事を初めて知りました!
いただきますを言わない、それは良くない事だと感じていたのに。
なんて言う割には普段あまり使ってませんが。一人暮らしのせい?
でも「理屈じゃない」という親の教えには嫌な思いをしてた記憶があります。
自分が親になったら多分理屈っぽく叱る気がするのですが、最近の親もそういう感覚なんでしょうかね?
勉強になりました。
投稿者 やましー : 2006年01月27日 19:55
以前付き合っていたトルコ人の彼には
食べる自分も食べようとしている相手にも
言うものだと習いました。
「はっ?」と違和感ありましたが。
ウルドゥーで明日と昨日が同じ単語なように、
ある国ではこんにちはもさようならも同じ単語なように
そんなものなのかも、と無理やり納得させた覚えがあります。
えびすだより、読めませんか、というか
開けもしないですかー。
何でしょうね、他の人からはコメントもらえてるし
会社でも実家でも開けるんですけども。
(仕事しろよ)
記事のストックが多すぎなのかも?じゅげむに聞いてみます。
投稿者 RiE : 2006年01月29日 11:51
おはようございます。
と、今私は何のためらいもなく書きました。
ayanoさんがいつご覧になるか、ではなくて私の自然な今の状況でのご挨拶であります。
私は子どもの頃に何となく刷り込まれたのは
「お米に感謝、作ってくれたお百姓さんにも感謝」
というかんじでごはん茶碗にいただきますってしてた気がしあます。
で、ごちそうさまは作ってくれた人に感謝、と
あとこれで食事はおしまい、の合図でこれをしないとすごくおこられた。「ごちそうさまは?!!」って。
私の母は下町育ちで挨拶出来ない事に対してものすごくうるさかったのでいただきます、とごちそうさま、をしないと大変面倒な事態になるので生活をスムースにするには当然の事でしたねー。
ところで、当初私の家族がなかなかごちそうさまをきちんと言わなかったので
私が今は空いた茶碗を見て「ごちそうさま、なの?」と年中訊いています。
向こうも漸く言う頻度が増えたけど未だに尋ねる事しばしば。
実は
ayanoさんにも「(最中記事)書け書けコール」してもらって
何とか頑張って書く事が出来てそのご挨拶を、なんて思ってきたら、ついついこれ見て年寄りじいさんは書きたくなってしまった。
kozueマニアの私としてはあの記事読んで、諦めてやめてしまったかもしれないのです。
励まして下さってありがとうございます。感謝です。
大変長くて申し訳ないです。
投稿者 あんころりん : 2006年01月30日 08:26
やましーさん:
そうなんですよ。私もその発想に驚きました。考えたこともなかった……。
「理屈じゃない、悪いモノは悪い」といって叱られるのは、イヤだと思います。ただ、それ以前に「理屈じゃない」ものもあると思うんですよ。怒られるときに、自分なりになぜいけないのかを考えることは非常に重要ですが、考えるにもベースとなるものが必要です。たとえば、足し算を知らなかったらかけ算は考えられませんよね?最低限のマナーとか常識みたいなのは、考える以前に「そういうものだ」でいいのではないか、と。
RiEちゃん:
私よりRiEちゃんのほうが、生のトルコ語を知ってると思うので、多分そっちが正しいのでしょう(笑)
で、えびすだよりですが、開けてる&読んでますよ。ただ、混んでる時間帯にアクセスしてるのか、ページが開くまでに数分かかることもよくある…。
コメントとかトラックバックも、タイムアウトしてるみたい。マイユのマスタードの話とか、立川の喫茶店の話とか、コメント書こうと思って何回か試してるんだけど……。Flickrの記事もトラックバック失敗しております。ごめんね。
あんころりんさん:
あー、私も「いただきます」とか「ごちそうさま」を言わないと怒られましたね。わりと“挨拶”に近い感覚ですよね。
ところで最中記事ですが、とっても面白かったです~。同じものでも、kozueさんとあんころりんさんが書くと全然違う!
「kozueさんが書いてるから諦めてやめてしまったかも」って、なにをおっしゃいますか。Webで読むテキストの何が面白いって、同じことに対して、人によって違う見方をしていることが感じられることこそが面白いですよ。私はそれこそが、Webテキストがテレビや新聞よりも勝るところだと思っています。
あんころりんさんのブログいつも楽しみにしてますので、kozueさんとネタがかぶったら「相互に読者が増える、ラッキー」くらいの気持ちで、堂々と書いてくださいませ(笑)
あ、あと長い書き込みはうれしいので、お気になさらず~。
投稿者 ayano : 2006年01月31日 23:10
